2017年8月1日火曜日

戦争を知らない事を知る


人間は本来自分勝手なものだ。その人間がある予め定められたルールの中で暮らす事は窮屈だし、他の人間とも衝突が起きる。それが喧嘩になり、武器まで持ち出せば、互いを殺し合う事まで発展する。だからこそ、そこに至らないようにルールがあるのだが、多国間の必ずしも共通のルールが存在せず、勝手に自分のルールで暴走する場合もある。但し、現代社会はあの愚かな第一次、第二次世界大戦を経て、平和こそ人類の発展のベースだと学んだはずだ。だが、国内の保守派は改憲に向かって暴走しつつあり、愚かな過ちの道を又走ろうとしている。「消えゆく太平洋戦争の戦跡」:「消えゆく太平洋戦争の戦跡」編集委員会を読んでいる。兵どもの夢の跡を写真とエッセーで全面に紹介している。冒頭の日本軍の進出地図を見る限り、その範囲は中国のみならず、東アジア広域に広がっている事は分かる。これを見て、良くぞ此処までと思う人も居るかもしれないが、逆に技術力とその実直さで、今や世界3位のGNP国になった日本は世界中にその人と製品を輸出もしくは生産拠点を持つに至っている。平和こそ、やはり成長の第一基盤だ。さて、本はその戦禍を受けた世界各地を巡る旅だ。1)太平洋の島々(ハワイ、ガダルカナル、ニュージニア、サイパン、グアム等々)、2)東南アジア(インドネシア、インド、タイ、フィリピン)、3)国内(硫黄島、沖縄)に大別され、各地の戦場を克明に取材している。先頭に紹介されるのは、餓島と呼ばれるガダルカナル。二万人の戦士者を出し、6割が餓死だった。最後は有名なラバウル。随分と南方にあるこの島は元々火山島。兵站を断たれ、畑を耕し、自給自足で戦場を維持したようだ。そこまでして戦争をしなければならない狂気。そして、ここも3万6千人の死者を出した「墓島」としてその名を遺す。こうした戦地は今や、観光地として存在し、現地では地元民がその戦禍として残った兵器と共に、生きてる光景だ。どんな戦争でも終わらない事はない。だったら、何故愚かな戦争を始めたのか?それを私たちは学ばなくてはいけない。後書きで氏が語る様に、太平洋戦争は日本の負け戦だったので、国家としては語り継ぎたくないと。そして、戦地での第一の被害者は現地の人々である事、そして、忘れ去る事で二度戦死者を殺す事になると。



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