2017年5月17日水曜日

未来の予想図とは哀しいもの


「姥捨て山繁盛記」:太田俊明氏を読んでいる。日経の小説大賞を受賞した作品だ。読む前から、各選定作家のコメントを新聞で読んでいたので、外郭は分かっていたし、氏の経歴や作品に対するコメントも分かっていた。それが影響したのか、あるいは年齢が近い事から来る共鳴感も重なりながら、楽しく読ませて貰った。作品の主題の様に、主人公は定年後の高齢者であり、認知症を抱えておる。彼の再生の話でもあり、彼が関わる寂れる一方のダム建設予定村をベースとした現代日本の課題と対策についての、再生ストーリーだ。勧善懲悪型で描かれている小説なので、読後感も爽やかではあるが、やや不満が残る。それは高齢化社会の行く末を、成長無き高付加価値追求型の経済を成功事例として掲げている点だ。確かに、氏が語る様に、年金で裕福に暮らす老人の介護を低い給与として請け負う若者たち。それはシルバー資本主義の格差そのものである。あるいは、公共事業を高度成長発展の礎にしてきた官僚体質とそれに依然として依存する地方行政の歪んだ関係も、やはり類似事例として多く存在するだろう。だが、それを解決するのは、やはり当事者である若者でなくてはいけないし、そうで無ければ、一時的な窮余的救済でしか在り得なくなるからだ。氏は自分を投影した高齢者をここに配役し、ある意味でのヒーローに仕立てているが、逆に言えば、年金生活に入った暇人であるからこそ、出来る事なのかもしれない。もっと、やるべき事があるはず!という強いメッセージなのかもしれない。今、政府は年金支給年齢の延長や雇用年齢の上限撤廃とか、高齢者が働くことをより鮮明に打ち出そうとしている。それはそれで正しい選択だろう。労働人口が減少し、一方で高齢社会を維持するのに十分な国家財政が不足しているのも事実だ。そうなる前に、もっと高齢者よ、自ら動けというメッセージかもしれない。現に氏は一般?のサラリーマン人生後にこうして作家としてデビュー出来ている。それも又、この物語の裏に隠された、強い中年応援メッセージなのかもしれないと感じたりしている。



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