2017年5月13日土曜日

90歳の本懐


「葛飾北斎の本懐」:永田生慈氏を読んでいる。北斎は最近でこそ、人気の画家であるが、決して日本ではその評価が高かった訳ではない、という下りから、この本は始まる。葛飾北斎の有名な絵は何と言っても、富嶽三十六景だろう。だが、北斎が何歳でこれを描き上げたかと言えば、何と70歳を超えた時点だ。大器晩成型の画家と言えば、必ずしもそうではない。それが亡くなった90歳にしても、本懐叶わずと遺言した北斎の本領でもあるようだ。まずは、この北斎の正当な評価は芸術の都、パリで1980年にいち早く展覧会が熱烈に開催された事に始まり、1998年にLIFEに一番有名な日本人としてもノミネートされ、更に一連の浮世絵作品は重要文化財として指定された1980年に遅れる事、20年の1997年に初めて、「潮干狩図」が指定された事で、ようやく決着を見るようだ。まあ、往々にして画家の評価は死後が多く、画家は貧困と認められない苦しさとに悩まされ、不遇の人生を若くして(とは言え、30~40歳代)終えるのが普通だ。その意味から言えば、生前中に高評価をその身に受けているのは、海外でもモネやピカソ、ダリーのような高齢まで生き延びた画家に限られている。よって、極東の1画家である北斎がその名誉を受けられなくても、やむを得ない事情ではあるのだが、それでも本懐を遂げたいと90歳まで頑張る姿勢と実績こそが、今の高齢化社会での日本人の生き様として、氏が大きく本件を取り上げる理由にもあるようだ。北斎の絵師としての人生行路は、春郎時代→宗理様式→葛飾北斎(46歳)→戴斗期→為一期→画狂老人卍期と変遷し、元々彫士から絵師になった経緯から、浮世絵、挿絵、絵手本、狂歌擦物、そして、富嶽三十六景を経て、肉筆画に至っている。氏曰く、ようやく70歳にして満足な絵が描け、そして、その後ようやく名誉と資金(スポンサー)を得て、自分が求めて好きな絵が描けるようになったという事のようだ。確かに、本懐を遂げている気もするが、本人は亡くなる直前に百歳まで頑張ると言っていたらしいので、真の本懐ではなかったのだろうか。イラストを描く身としては、羨ましい気もするし、もっと頑張らなくてはとやる気も起きる人物像かもしれない。さて、皆さんは如何だろうか。



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