2014年10月27日月曜日

2014.10.26 書評

先週のお題。
 「「無」の科学」(◎):ジェレミー・ウェッブ、 水谷 淳訳、「自分で決める 人生の終い方: 最期の医療と制度の活用」(○):樋口 恵子氏、「運転、見合わせ中」(○):畑野 智美氏、「壁と孔雀」(○): 小路 幸也氏。
 「無の科学」は面白い。今、我々が何気なく使っている数字の0さえも、誕生には時間が掛かった。確かに0という概念が難しい。何も存在しない。そんな事、精神的に耐えられなくなるではないか。宇宙の誕生も何も無いところから始まった。だから、それ以前の時間も存在しない。宇宙誕生と共に、時間も生まれたのだ。「人生の終わり方・・」は切ない。昨今、熟年夫婦は離婚するか、もしくは最後は墓を別々にとまで、夫軍団は嫌われている。横暴なんだと思う。稼ぎも大事だが、愛情も重要なんだと時代は言っているが、現実の中高年には通じない?
 残りの二つの小説はまあ、○か。畑野氏はどうしようもない若者層をしっかり書いているし、小路氏の丁寧なSTORYと最後の解決締めは唸らせる。これでないと、推理小説とは言えないか。
今週のお題。
「錯視芸術図鑑:世界の傑作200点 ブラッド・ハニーカット、テリー・スティッケルズ、 北川 玲訳、「大人でも答えられない! 宇宙のしつもん」: 荒舩 良孝氏、「ナイト&シャドウ」:柳 広司氏、「月蝕楽園」:朱川 湊人氏、「寄居虫女」:櫛木 理宇氏、「わたしが殺した男」:永瀬 隼介氏。
 教養本が少なく、小説が多くなった。少し教養育成も疲れてきたか。アマゾン書評では、朱川氏と櫛木 氏が良いが、「寄居虫女」は最初読んでいて、むかむかして来たので、止めてしまった。女のドロドロ感に今週は堪えられないかも。
 私の近況は口内炎が直りかけたと思ったら、メニエルシがしつこく潜伏していて、おまけに腰痛も警報を鳴らしている。今日はカラッと良い天気だったが、何処にでも出ず、静養中。
 アマゾンジャパンとは和解し、溜まった出版物から再開すれど、読者は中々戻らず。苦しい。先日、ラジオでKDPの紹介をしていたが、これだけで飯は食えないと作家の佐々木さんが述べていた。やっぱりなあ!日本では未だ、電子出版の比率は10%程度。しかも、漫画本が多い。まあ、ビジュアル系がネットとの親和性が良さそうだと思う。しかし、漫画は描くのに時間が掛かる難点と何処でも何時でもって訳にはいかない。エバリスタに掲載開始した4コマは評判良いが、一日一枚が精一杯。
 さて、そんな不満を述べても前に進まない。息子は修学旅行で東京・鎌倉めぐり。私が小学生の時は東京見物だったので、時代はそう変わっていないか。だが、自由行動も付加されていて、やはり内容もデラックス。お小遣いは1万円まで可!今時の小学生はリッチだ。
 まあ、受験を控え、少しのリラックスになればと。親子の算数勉強はまだまだ続く。はあ~~!


 
 

2014年10月21日火曜日

2014.10.18書評

 先週のお題。
 
 「生命力」の行方――変わりゆく世界と分人主義」(◎):平野 啓一郎氏、「パンダ――ネコをかぶった珍獣」(○):倉持 浩氏、「 芥川症」(○):久坂部 羊氏、「きょうのできごと、十年後」(△):柴崎 友香氏、「 ダブル・フォールト」(○):真保 裕一氏。
 平野氏を見直すきっかけになりそうだ。人生論がふんだんに詰まっている。今週も引き続いて読む予定。「パンダ・・」はまあまあ。
 小説群はどれも△~○。平野氏が小説で時代は変えられないと語っているが、最近その想いが強い。夢物語を綴っても、前には進めない。せめて、癒しの効果でもあれば良いのだが。
 今週のお題。
 「「無」の科学」:ジェレミー・ウェッブ、 水谷 淳訳、「自分で決める 人生の終い方: 最期の医療と制度の活用」:樋口 恵子氏、「運転、見合わせ中」:畑野 智美氏、「壁と孔雀」: 小路 幸也氏。
 最近、体調が悪い。脚も痛いし、喉も調子が悪い。少し物が閊える感じ。口内炎も直らず、食事も思うように進まない。家人は私が暗い!とご機嫌が悪いが、寄る年波には勝てない。気力も最近は比例して、一向に向上しない。
 それを後押しするように、株価も外貨も根べりして、困った。
 アマゾンさんとは今週は戦いなし。幾つかの小説が足止めを受けていて、来週に勝負か。平野氏も彼らのリジットさにうんざりしたレポートを載せていた。何処も同じか。
 私生活では息子の私学受験が迫っているが、成績不振。私は中学受験など経験ないが、試験内容を見ると、これが小学生に解けるのか?という難題揃い。テレビでねじり鉢巻で頑張っている小学生の姿を昔、奇異に見ていたが、何となく、今では理解できる。
 塾に通い、私立中学、高校、大学と一生懸命お金を掛けて、勉強して、末は?昔は博士か大臣かなんて、キャッチコピーがあったが、博士では飯が食えないし、大臣もうっかりなろうものなら、君子潔癖でいなくてはならない時代。最近の女性大臣へのパッシングの背景に、女性蔑視の目があるとしたならば、それもまた、この国の鎖国平和主義と諦めなくてはならない。
 

2014年10月14日火曜日

2014.10.12書評


 先週のお題:
「綻(ほころ)びゆくアメリカ―歴史の転換点に生きる人々の物語 」(◎)ジョージ・パッカー、 須川 綾子、「アクアマリンの神殿」(△):海堂 尊氏。
  「・・アメリカ・・」は700ページ近い大作。、実名入りのアメリカ近代史を読んでいる気がしてくる。登場する人物は良くも悪くも、貧困層出身で成功意欲が強い。つまり、ハングリーだ。その向学心のバイタリテイはまさにアメリカンドリームの源泉でもあり、腐敗の根源もあるのだろうと読んだ。残念ながら、実名入りでも他国の起きている話。顔と出来事が中々繋がらない。昔、英字新聞を読んでいた時、掲載されている時事漫画を読んでも、ちっとも面白くなかった現象に似ている。従って、完読出来ず。
 「アカアマリン・・」は割を食った。申し訳ない。
 今週のお題。流石に三連休。しかも、このブログのPV低迷中。頑張らないと!
 
 「生命力」の行方――変わりゆく世界と分人主義」:平野 啓一郎氏、「パンダ――ネコをかぶった珍獣」:倉持 浩氏、「 芥川症」:久坂部 羊氏、「きょうのできごと、十年後」:柴崎 友香氏、「 ダブル・フォールト」:真保 裕一氏。
 エッセーと動物もので2冊。小説三冊と欲張った。
 平野氏の最初の出発は好調。中身はどうか?「パンダ」も心配なのだが。久坂部氏は現在、日経で連載小説で頑張っているので、どうかな?
 さて、私の近況は体調は下降気味。睡眠不足に加え、メニエルシ病が重なって最悪。
 書籍化のゴタゴタは、何故か、アマゾンジャパンが折れてきたが、不気味。何時、アカウント閉鎖されるかビクビクしながらの再出発。拡販の個人的取り組み(無料ブログ公開&ランキング公開)が結果的に情報事前開示に繋がり、痛し痒し。
 最終的には読者の方には、有料化後に閲覧しか手立てが無い事になる。悩ましい。其処まで読者の方が付いてきてくれれば良いのだが、自信無し。まずは、既に出版されたもので我慢して貰うしかないか。暫し、エバリスタで対応するものの、これも同じことが起き得る。著作権の確保と出版の手順。ブログ系の出版は諦めて、其処で新作の紹介をする手段を取るのが良いのかも。
 大型台風が連続ヒットで、読者の方も休みもままならぬ日々を送っておられるかもしれない。此処僻地は関東の最東部に当たり、台風直撃の危険性は比較的小さいが、大きな山が存在しない分、雨風の影響を受けやすい。
 よって、我が家や会社が吹き飛ばされそうな恐怖に怯えながら、台風が過ぎ去るのを待つしかない、情けない状態には違いないのだ。
 掲載遅れもあり、これを皆さんが読む頃には、台風一過とはなっているだろうが。
 
 

2014年10月7日火曜日

2014.10.05書評


 先週のお題:
「「自分」の壁」:(◎)養老 孟司氏、「虫娘」:(◎)井上 荒野氏、「ゴーストマン 時限紙幣」:(◎)ロジャー ホッブズ、Roger Hobbs、 田口 俊樹訳。
 先週はかなり好調。絞った結果、内容も確かだった。冒頭2作品がブログでも説明したので、「ゴーストマン・・」のみに言及すると、これは邦訳ものだが、かなり面白い。頭脳方STORYかと思いきや、アクションものに近い。スピード感もあり、良好。少し分厚いが頑張って読んでください。
 今週のお題:
「綻(ほころ)びゆくアメリカ―歴史の転換点に生きる人々の物語 ジョージ・パッカー、 須川 綾子」、「アクアマリンの神殿」:海堂 尊氏。
 たった二冊。だが、「・・アメリカ・・」は700ページ近い大作。恐らく、これで一杯だ。既に読み始めているが、実名入りのアメリカ近代史を読んでいる気がしてくる。個人攻撃にも思えるが、大丈夫?と思ってしまうほどリアルだ。
 登場する人物は良くも悪くも、貧困層出身で成功意欲が強い。つまり、ハングリーだ。その向学心のバイタリテイはまさにアメリカンドリームの源泉でもあり、腐敗の根源もあるのだろうと読んでいる。
 私の近況は余り芳しくない。本業は中間決算の時期だが、良くも悪くもなく、立場の違いで盛り上がりに欠けるかなあと危惧している。国内産業はどれをとっても明るい材料は少なく、それに伴い年齢を問わず、皆元気がない。
 作家業の方は、アマゾンジャパンとはもう関係修復は出来そうにもないし、かと言ってこの一年間の努力を他の出版社にする元気がなかなか沸いてこないのが実情。
 終の棲家は持ち家の売却まで議題に上っているが、要は何処で定年を迎えるかが決まっていないので、これも先送りにするかどうか。以前バブル期に買った家は既に評価=0になり、且つ土地は当時価格の半分に下落している。まさに不良資産を抱えている訳だ。と言っても、都会のように売って、何処かに新しいマンションを買えるほどの資産価値はないので、如何ともしがたい。 この現象はデフレ時期の不良資産をたくさん抱えていた日本経済そのものに似ている。
 但し、企業であれば、不良資産の除却は出来るが、固定給しか稼げないサラリーマンはどうしようもない。物件を売って、背負う借金を清算するか、それさえも出来ない場合は残った借金を返し続けるしかないのだ。
 まあ、バブル時期の間違いを懺悔しながら、読者の皆さんには出来る限りの警鐘を出してゆきたいと思っている。