2017年6月26日月曜日

芸術に死んだ88歳


フィレンツエの最大にして、最良の芸術家、ミケランジェロの経歴を彼の作品と共に知った。「もっと知りたいミケランジェロ: 生涯と作品」:池上英洋氏を読んでいる。同じ絵を描く身として、彼の人生は壮絶だ。そして、その幾つかは現物をこの目で見ているにも関わらず、彼の人生についてはそれほど詳しくなかったことを恥じている。まともあれ、彼の生誕は1475年、役人の息子として産まれたのに、乳母が石工の家だったせいか、あるいはフィレンツエという芸術の風が彼を触発させたのか、技巧派の画家に弟子入りし、運よく、メデイチ家と縁が出来、近くの礼拝堂にあった壁画の模写から学び、更に欠けたいた小像の修復から評価を得る事になる。氏が鮮烈なデビューと称する作品は、ピエタ(サン・ピエロ大聖堂)だ。23歳の作品だ。最も有名な作品であるダヴィデ像(アカデミア美術館、ヴィッキオ宮殿入り口のものはレプリカ)は29歳の作品。更に最近有名になっている事実は、彼が同性愛者であり、且つ23歳年下のレオナルドをライバル扱いしていたことだ。1503年彼らの世紀の対決のチャンスがヴィッキオ宮殿の5百人広場で行われたかもしれない事はひょっとして、運命の悪戯だったかも。レオナルドが画家であり、エンジニアでもあった多能な芸術家であった事に対し、ミケランジェロは彫刻家であり、詩人の一面も持っていた。氏はここで、二人の決定的な創造の方法について、触れる。レオナルドが彫刻の為にも、多面から削り出すこと、ノーマルな方法に対し、ミケランジェロは一方方向からのみ作品を創り出す技術を持つ。これは言わば、3D製法だと氏は感嘆する。彫刻家を芸術家のスタートとしても、その後、芸術の活躍の場所として移住したローマでは、ミケランジェロは驚異的なペースで礼拝堂の壁画を手掛けるようになる。もちろん、当時の権力者から猛烈な依頼を受けたからだ。40歳前後の天井画(システイーナ礼拝堂)にある、天地の創造、最後の審判が有名だ。更には、建築家としての技能も発揮し出す。カンピドーリオ広場は彼によるデザインだ。楕円による台座設計や、サン・ピエトロ大聖堂の巨大なクーポラ等、60歳を過ぎても精力的に構築物に励んでいる。浮世絵画家の写楽と同様に、80歳に至っても、芸術への情熱は全く失せていない点は芸術家の執念というものか、あるいは、ミケランジェロが発したらしい言葉、「私には芸術というトンデモナイ妻が居る」にも納得が出来るのだ。



2017年6月25日日曜日

2017(平成29年).06.25書評

先週の評点:
「転職に向いている人 転職してはいけない人」(〇):黒田真行、「虹色のチョーク」(◎):小松成美、「書のひみつ」(◎):古賀弘幸、佐々木一澄、「ある日うっかりPTA」(◎):杉江松恋、「地図で見るロシアハンドブック」(-):マルシャン,パスカル、 シュス,シリル、「テロリストの処方」(△):久坂部羊、「捜査一課殺人班イルマ ファイアスターター」(△):結城充考。
小説群はやはり、ダメだった。
今週の課題:
「Q&A 日経記者に聞く 安心老後、危ない老後」:後藤直久、「日本の人口動向とこれからの社会: 人口潮流が変える日本と世界」:国立社会保障・人口問題研究所、森田朗、「音楽療法はどれだけ有効か―科学的根拠を検証する」:佐藤正之、「宅配がなくなる日 同時性解消の社会論」:松岡真宏、山手剛人、「もっと知りたいミケランジェロ: 生涯と作品」:池上英洋、「騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編」:村上春樹、「犬の報酬」:堂場瞬一。
やや暗い話題がノンフィクに集まった。小説はかのノーベル賞候補作家が登場。但し、評点は中々厳しい。さて、私はどう読むか。
近況:
高校でお世話になった先生が亡くなられた。享年83歳。お若いのに、残念だ。思えば、会社の同期もそして、この高校の同級生でも既に鬼門に入った者が居る。人生色々だが、やはり死んで花実は立たないから、しぶとく生き抜いて、今の自由を謳歌したいものだと思う。歳を取ると言う事は結局は段々社会で自由に振る舞える事になるという事では?と最近思えるようになった。間違いだろうか?逆にそれは心の在り方で、肉体が衰え、介護や病院の世話になるという不自由さが今度は増してくるのかも。そんな感慨に耽る私を尻目に、家人も愚息も今日を元気で一生懸命生きてくれている。有り難い話だ。



2017年6月24日土曜日

本懐なる覚悟とは? 古い羅針盤54章 発売開始


本懐なる覚悟とは? 古い羅針盤54章 発売開始
本懐なる覚悟とは?
古い羅針盤54章
●新手の学生虐め
●持病のお勉強
●AI時代のサバイバル術
●待機という言葉が示す意味とは
●未来は予測できるとの傲慢さ
●単身急増社会と経済格差
●スポーツ・ケアを学ぶ
●花の命と付き合うには
●部活の常識を破る時
●一つ目小僧が神経のストック
●不条理という不満
●90歳の本懐
●基本の基を知る努力
●怖いもの見たさの勇気
●未来の予想図とは哀しいもの
●新動物占い一考
●妊娠なる重荷を担う事
●行き来の視点
●やや劣勢な犬に思いを寄せ
●フラッグという魔力を知る
●車という未来像を読む
●哲学とAIの繋がり
●醜い争い?
●過ぎたるは及ばざるは?
●デジタル労働力という発想
●医療の秘匿性は大丈夫か?
●あとがき
 本編は筆者ブログ「古い羅針盤」(2017.05月)掲載されたものを纏めたものです。
●引用文献
「ウルトラ図解 めまい・耳鳴り: 治療の不安をなくす知識と生活術」:古宇田寛子
「2050年の技術 英『エコノミスト』誌は予測する」:英『エコノミスト』編集部、 土方奈美訳
「単身急増社会の希望 支え合う社会を構築するために」:藤森克彦
「スポめし 賢く食べて結果を出す!」:細野恵美
「 ときめく花図鑑 (ときめく図鑑)」:中村文&多田多恵子
「そろそろ、部活のこれからを話しませんか 未来のための部活講義」:中澤篤史
「なぜ人はドキドキするのか?(知りたい! サイエンス)」:中西貴之
「葛飾北斎の本懐」:永田生慈
「理解するほどおもしろい! パソコンのしくみがよくわかる本」:丹羽信夫
「絵でわかる地震の科学 (KS絵でわかるシリーズ)」:井出哲
「姥捨て山繁盛記」:太田俊明
「産まなくても、産めなくても」:甘糟りり子
「日本犬の誕生」:志村真幸
「国旗で知る国際情勢」:マーシャル,ティム、Marshall,Tim
「茨城vs.群馬 北関東死闘編」:全国都道府県調査隊
「100歳までクルマを運転する」:桃田健史
「薬はリスク?: 薬を正しく知るために」:宮坂信之
「誰が日本の労働力を支えるのか?」:寺田知太
「みんなの検索が医療を変える:医療クラウドへの招待」:イラド・ヨム-トフ、石川 善樹


漢字の魔力とは?


「書のひみつ」:古賀弘幸氏を読んでいる。色々、漢字字体の歴史を語る本は多いが、イラストレーターの佐々木氏とのコラボで、非常に分かり易い本となっている。又、堅苦しく考えず、書、詰まり人が書いた文字を通じて、その背景にあるものが薄っすら分かるものだという指摘も説得力がある。そして、嗜む為には、真似てみる、書いてみる、リズムと呼吸を読む、景色として見る、生々しさを感じる、「心」を覗き込むという心構えが大事だ。何故なら、文字は叫んだり、おどったりするからだと。中国に置ける漢字の歴史は篆書(天につながる)、隷書(政治用)、草書(簡略)、行書(日常)、楷書(正式)と発展し、今でも戦国時代に芽生えた王巍氏の文字は写生されるほどの人気を保っているとか。柳公権、徽宗、八大山人、呉晶碩と1500年の歴史を重ねる。大義氏が好かれるのは、柔らかで優雅な線、仙人で有名な道教の気風の中にある。片や、顔真卿はどっしりと力強く儒教の流れにある大酒飲みの懐素が踊るような奔放な線で書き、蘇軾がたわめられた線で恵まれない人生を憂うなど、氏の考察は深い。最後の八大山人はへたうまな線と称され、時代が明かわ清に移る変調期だった「脱俗」事と無関係ではないのだ。他方、漢字が伝来し、それをベースにしながらもかな文字を発展させた日本文化も捨てがたい。漢字と仏教が伝来したのが、飛鳥時代とすれば、和様の書及びひらがなの確立が平安の時代となる。時代を空海、藤原行成、藤原定家、尊円親王、一休宗純、本阿弥光悦、白隠、良寛と明治時代までに至る。特にかな文字は和歌と平安時代=貴族時代を車の両輪のようにして発展したもので、連綿の息遣いと氏が称するように、独特の美意識が存在した。私は歌人、藤原定家の「更科日記」が好きだ。権力者としての自負がこの書法に現われていると、氏は語るが、茶人の後愛されることになるのは必然的であったのかもしれない。鎌倉時代に入ると、伝来した禅が影響して、自由で力強い文字が登場する。更に江戸時代に入ると、やや抽象的になると一方、武士文化を反映した太くうねるような御家流が流行し、一方では文人による時代考証のような取り組みもされた様だ。転じて、現代ではもっと自由な発想で文字は発展し、創造されつつある事は周知の事実だろう。字は人となりを示すとは諺の一つではあるが、ワープロ流行りの現代に置いて、偶には自筆で何かを嗜めるのも一興かと。わっ、こんなに個性的だったか?と驚くのもこれも又、新たな驚きになるのかも。



2017年6月23日金曜日

虹色のチョークを創る


「経済」の語源とは「経世済民」で「世を経め、民を済う」の意味である。冒頭から、ここの会長さん、信念がある。皆働社会の実現に向けて頑張りたいとも仰る。実際に実現してきて、且つ息子に継がせているだから、間違いはない。出来るのだ。やる気さえあれば。「虹色のチョーク」:小松成美氏を読んでいる。会社名は「日本理化学工業株式会社」。会長の名前は大山さんだ。従業員の7割を障害者が占める会社だ。そして、製品はチョーク。シェア80%を占めるというのだから、その品質管理は際立っている。但し、通常通りの健常者訓練では無理だ。障害者に合わせた作業環境&工程を組み上げることが重要だと。逆に常人にない集中力、察知力があると言うのだ。そして、その活力を産み出すのは、仕事から得られる満足感、他人に役立っているという達成感のようだ。

逆に健常者は彼らから、働く尊さと喜びをむしろ教わっていると言う。「日本で一番大切にしたい会社」の本領発揮である。この本はその現場取材には収まらない。頑張る社員の家族にも逢い、実際彼らがどんな苦しみを受け、それをどうやって乗り越えて来たかを伺う。彼らの救いも結局は同病に悩む親御さんたちとのコミュニテイであり、笑顔で障害児に向かう母親たちを見て、随分と力づけられたと言う。但し、何が何でも受け入れが出来る会社ではない。1食事や排せつが自分で出来る事、2意思表示が出来ること、3一生懸命仕事をすること4まわりに迷惑を掛けない事の4つだ。そうしたハードシップを乗り越えながらも彼らは家族(主に母親)に支えられ頑張ってゆく。又、氏はこの会社の苦難が続いた歴史にも触れる。そしてそれは又、会長から社長への継承の物語でもあるのだが、それは結局、働く喜びに勝つ者は全くないという理念だ。そして、人は一人では生きて行けない、人は人を思い、思われることの両方があって、幸せなのだ。もちろん、現会長とて、最初は障害者に偏見を抱いていた。だが、あるきっかけでそれを思い直す機会があった。そして、それを後押しするように、近くの住職が諭す。曰く、モノやお金をもらうことが人としての幸せではない、人に愛される事、人に褒められる事、人の役に立つ事、人から必要とされる事、だと。けだし、氏がこの取材をしている中で、相模原市の障害者施設の襲撃事件が起きている。自己中心の孤独な若い健常者が起こしただけに、そのショックは大きかった。要は共に暮らすことが社会の成り立ちであることを、今の競争社会&金権主義は忘れ去る事が前提になっている。是非、この本を読んで、自分の職場を見直したらどうかと思ったりしている。



2017年6月22日木曜日

PTAを良く知ろう



「ある日うっかりPTA」:杉江松恋氏を読んでいる。経済新聞の書評でも取り上げられ、PTA会長になってからのドタバタが書かれているらしく、思わず手にとった。冒頭で氏が書かれている様に、この職務誰も成り手が居ないのが現状で、そもそも、長の付く責任部署に就きたくないご時世だ。その困惑ぶりと孤軍奮闘の有様は読まずして、想像が出来るようにも思える。が、氏の活動はそれを遥かに上回っているから楽しい。ここに氏の挙げたPTA常識を列記すると、統一ルール無し、独立組織、参加は任意、教職員も費用負担、子供の数には比例しない費用、会合は日中、学校側の要求優先、儀式の予算優先、推薦方式、全PTA会員に承認要、校長先生の相談役、(金髪はダメ)、会長は校長の嫁?、会長は男性が多い、副会長は副校長が就任、学級委員会が肝、家庭教育研究委員会(保護者の為だけのためにある講習会)が重要、ウマの当番制、給食との縁が深い、年号基準、会長の常識?、ワープロ必須、高学年ほど役員になりたくない、・・と総計33箇条にも及ぶ。それだけ、PTA会長という存在が、あるいはPTA活動というものが任意活動故に、中々皆が知ってる訳ではないという事でもあるのだ。氏自身が書いたブログで辿るように、会長職極めて、多忙で神経を使い、むちゃくちゃなものだ。しかも、校長と各役員との人間関係も大切だ。これも又、学校という社会の中に位置するPTAという組織故の固有の問題なのだろう。氏は脱サラ、現ライターという職業柄、三年間も会長職をこなす訳だが、それにしても大変なボランテイア活動だ。但し、それに不満を述べる訳でもなく、結局は違ったコミュニテイに参加し、色々な人と出会い、その後もその関係が続いたことに、氏は素直に感謝している点が好感が持てる。逆に言えば、脱サラの時点で、ある意味では会社というコミュニテイを失った氏が、地元で且つ子供の通う学校をその代替として考えたのは、必然的な結果だったかとも思う。性善説に立つこうしたボランテイア活動は、時には批判を受ける場合もある。理不尽な事ではあるが、それも又、社会の違う一面だと思う。定年後の居場所が無いというサラリーマンの声が多く聞こえる中、地元のコミュニテイ参加の一例として読み下すことも可能かと思う一冊でもある。


2017年6月21日水曜日

親切が仇にならない方法



世界を旅する度に戸惑うものに、チップ制がある。これは受けたサービスに対する対価として、客が支払うものだが、日本ではそれを全て親切と称して、無料化している。元々、隣近所の助け合いが基本のお国柄、宿泊先や売店でもこうしたサービスは無料だ。だが、最近これを見直すべきだという意見が多い。少子・高齢化の中、人手不足にも関わらず、人件費が一向に上昇しないからだ。特にサービス業は生産性が低いからだと一刀両断されるので、猶更親切心を磨き上げろ!と第一線では逆の行動に移ってしまうのだ。これに対し、介護現場ではロボットが進出し、その人手不足を補い好評を博しているが、実際はロボット購入代、電気代、メンテナンス代が掛かる訳で、人件費との比較が必要だ。

そして、それが高額であっても人手不足解消の唯一の方法であるとしたら、社会はその費用負担を認めてゆく仕掛けが重要だ。これをもう少し噛み砕いて説明したコラムが経済新聞に掲載されていた。中島慶応大教授による、親切のコストの「見える化」だ。その論旨は親切をインフラ部分とコンテンツ部分に仕分けし、前者は殆ど、コストに上乗せし難いサービスであると断定している。詰まり、日本人の美的性質がちゃんとコスト評価されない点に問題ありと評しているのだ。受けたサービスはちゃんと対価を貰うことも資本主義の原則だ。先の事例の様に、ロボットやAIに代替化されるインフラサービスもあるはずだし、逆に対価をクリアにして、そのサービスを受けるべきか、受け手に判断させるシステム確立も必要だと教授は語っている。正論だろう。海外ではチップが払いたくない訳ではないが、荷物が小さい場合などは、ポーターに依頼せず、自分でキャリーする方法を私は良く取る。その方が荷物を無くす心配も無いし、部屋で荷物が届くのを待つ手間も減るからだ。政治家も賃上げばかりと大企業に求めるのではなく、こうしたサービス業への価格転嫁の手段を論じた方がよほど、インフレ対策に効果があるはずである。至近な例で言えば、千円床屋も時間効率からすれば、極めて生産性が高いと言われ、多数顧客を短時間でカットするビジネスモデルが優良だからだ。逆に全ての快適を求めるのならば、普通の床屋に行けば、肩や首も揉んでくれるし、顔そりもしてくれる。極楽であるが、時間も掛かるし、費用も数倍だ。どちらを選択するかは、顧客が決めるのであって、規制云々でもなんでもないはずだ。因みに、私は前者を多用している。但し、田舎ではそれほど極楽求める人が居ないようで、千円カットの店がコミコミであり、相当待たされるのは覚悟が必要だ。時間にルーズな田舎ではそれも段々と気にならなくなるのが、不思議な感覚ではあるのだが。