2017年11月22日水曜日

「毒親とカエルの楽園」古い羅針盤59章 発売開始

毒親とカエルの楽園
古い羅針盤59章
目次
●プラットフォームというストックヤード
●諦観の忘却
●少しマッチョになったかも
●自由化という破壊
●ゴーストマンは消えてしまった
●量的疾患なるストレスを学ぶ
●カエルの楽園は本当らしい
●自動運転の現実
●身内の不幸
●色々な人生があるんだ
●大人になって勉強すべき事
●ブラックホールのお勉強
●漫画家と絵本の関係
●移植という医療行為
●種子というタイムカプセル
●人生という一気通貫
●何処かで見た風景
●毒親という考察
●CASEというEV解析
●カエルの楽園が侵される
●テロリストと考える
●働き方ってどうすれば良いの?
●限界利益0の先社会
●食い物の恨みは大きい?
●あとがき
 本編は筆者ブログ「古い羅針盤」(2017.10月)掲載されたものを纏めたものです。
●引用文献
「図解入門 最新 ミサイルがよ~くわかる本」:井上孝司
「最後の超大国インド 元大使が見た親日国のすべて」:平林博
「ゴーストマン 消滅遊戯」:ロジャー・ホッブズ、 田口俊樹
「ストレスのはなし - メカニズムと対処法 (中公新書)」:福間詳
「「カエルの楽園」が地獄と化す日」:百田尚樹、 石平
「これから始まる自動運転 社会はどうなる!?」:森口将之
「母ではなくて、親になる」:山崎ナオコーラ
「大人のための社会科 -- 未来を語るために」:井手英策、宇野重規
「ブラックホールをのぞいてみたら」:大須賀健
「馬場のぼる ねこと漫画と故郷と」:馬場のぼる
「移植医たち」:谷村志穂
「スイカのタネはなぜ散らばっているのか: タネたちのすごい戦略」:西本眞理子&稲垣栄洋
「儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇」:ケント・ギルバート
「ぼくは13歳、任務は自爆テロ。: テロと戦争をなくすために必要なこと」:永井陽右
「猿の見る夢」:桐野夏生
「天使の柩」:村山由佳
「検証 働き方改革 問われる「本気度」」:日本経済新聞社
「限界費用ゼロの社会」:リフキン
「侵略する豚」:青沼陽一郎


ヤポネシア人なる日本人


クリスパーなる遺伝子編集術を学んだばかりで、又もやDNAか?と呆れるかもしれないが、この本もやはり遺伝子研究の一つだ。「核DNA解析でたどる 日本人の源流」:斎藤成也氏を読んでいる。まず、核DNAとはヒトゲノムを呼ばれる23本の染色体であり、23番目にX,Y染色体があり、これがXX(女性)、XY(男性)を仕分ける。これが32億個(A,C,G,T)存在する。よって、これを近代日本人からご先祖様へ向かって遡れば、何となく解りそうな気はしてくる。で、章は1)ヒトの起源、2)出アフリカ、3)最初のヤポネシア、4)その二重構造、5)ヤマト人の二重構造、6)最後に分かれている。これに先立ち、このブログでも日本人は何処から来たかを化石やその他の資料から考察した文献も紹介したことがある。その結論はユーラシア大陸から日本流入ルートは4種類あるとの事だった。(要は4種類の文化もしくは人種が流入した)さて、この本ではどうなるか?現代人に一番近い進化は50万年まえのホモサピエンス(旧人)と20万年まえの出アフリカ(新人)。それからこの出アフリカ新人が世界中に拡散し、日本列島に到達するが、そこに縄文人(アイヌ人)と弥生人(オキナワ人)の到来時期ずれでの複合現象が起きてくると言うのが一般説だ。だが、更に第三の人種(ヤマト人?)が登場するのが氏の新説。これを縄文(第一成分)と弥生(第二成分)との混合比率で分布を作ると、関東周辺の県人会が近いのは、北海道や鹿児島。逆に離れているのは、当然ながら沖縄だが、もっと離れているのが福井や島根や鳥取となるので、裏日本が韓国に近い事の地政学的理由が介在しているようにも思える。単一民族と言いながら、日本人には多くの異なる遺伝子が複合的に分散継承されている事は、今後その多様性への期待も大きく膨らむようにも思える。氏の研究の良さは古文書や地理、あるいは過去の文献をしっかりとトレースし、仮説を自ら立てている点かと思う。今後の研究の展開が楽しみな分野でもある。


2017年11月21日火曜日

教養という格言


頭が良いとか、切れるとか、日々何気なく使われる言葉。これ中々意味深だ。要は比較論で語られる事が多いし、学歴などで単純に規定されたりもするので、ややこしい。経済系ブログにはT大医学部卒の識者が昔から自分はそう言われ続けたが、だからといって社会的に成功するかと言えば必ずしもそうではない、別な人徳もしくは他人を思いやる心が無ければ、ダメだと述べている。又、学歴など一瞬の出来事で、永続的にそのレベルを維持し、向上する努力が欠かせないとも述べている。なるほど、その通りだろう。先日の主要各国の首脳の学歴から言えば、日本も米国もそれほどではない。それ以外の何かを持っている為に、国のリーダーになっているのだろう。ここに「教養」という言葉があり、その定義とは何かと言えば、「自分が知らない事があるという自覚」と「相手を思いやる心」だそうだ。その為には、やはり過去の賢人たちが書き上げた書籍を出来るだけ多く読む事と、多数の人と話を重ねる事で自分とは違う価値観を認識する事なのだと思っている。武士が常に携帯している刀を日頃から手入れするように、我々凡人であっても、日々学ぶ姿勢を忘れず、自分は至って無知であるという謙虚な態度で臨めば、中々昇進出来なかったり、あるいは周囲から浮き上がって居たりする現状を打破できるかもしれないのだ。「君は頭が良過ぎるね」は「GOOD QUESTION」と同じで、やや揶揄された表現と受け止めた方が良いだろう。KY人間が時代を切り開くとは言うが、その永続性には疑問がある。切り開くだけでは無く、延々とその獣道を舗装し、誰でもが利用できるようにしてゆく努力こそが社会に貢献する事なのだと思う。



2017年11月20日月曜日

クリスパーの奇跡


CRISPR(クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見」:ジェニファー・ダウドナ、 サミュエル・スターンバーグを呼んでいる。これはゲノム編集を可能にしたクリスパーの開発秘話であり、又、これによって今後治癒もしくは応用が可能な分野の推定、そして一番ややこしい人体へのメスの入れ方へ論議が掲載されている。1部の章は1)クリスパー前史、2)細菌のDNAに現れる不思議な回文、3)免疫システムを遺伝子編集に応用する、4)高校生でも遺伝子編集が出来るに分かれ、2部の章は1)アジア象をマンモス遺伝子に変える、2)病気の治療に使う、3)核兵器の轍は踏まない、4)福音や厄災かに分かれる。

1部の開発秘話はやや専門的だが、分かり易く記述されていて、研究者の配置、リーダーの選択等、あるいは先端技術のリサーチ方法等、元研究者の私としては、非常に面白く読み込んだ。何かを成し遂げようとする場合は、人員及び時のマネージメントが必要なのだと再認識した次第。問題はやはり応用を語る2部かも。何でも出来る、恐らく人間改造も至って簡単に可能になる技術を手にした現状、氏も含め、どう倫理面を乗り切るかを素直に論じている点が好感が持てる。但し、そうは言っても難病の治療になるこの手法は、何としても使いたいと思う気持ち。これは結局、皆研究者のジレンマなのだと思うのだ。知りたい気持ちとそれが社会に対する影響を鑑みて、ややしり込みする気持ちの端境期で右往左往しているのが現実なのだ。こうした躊躇した姿勢に対し、人類にとって死活問題である農産物の遺伝子改良に関しては、もっと本質論議をして積極的応用を進めるべきと指摘する。いずれにせよ、我々の遺伝子はこうした遺伝子解析(読む事)及び改良(書き込む事)を我々に知らしめた。その後は何を求めているのだろうか?私は又、はたとその質問に至る。これを知らせて、もっと難病に立ち向かえと言っているのか、あるいは、温暖化になろうが、放射能汚染になろうが、しぶとく生き残る人体の改良を人類に求めているのか?定かではない。だが、いずれにせよ、その応用方法に関しては、自らの視点で是非に関して考える必要があると思っている。



2017年11月19日日曜日

2017(平成29年).11.19書評

先週の評点:
「古事記: 日本の原風景を求めて」(◎):梅原猛、上田正昭、「CRISPR(クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見」(◎):ジェニファー・ダウドナ、 サミュエル・スターンバーグ、「人を襲うクマ 遭遇事例とその生態 カムエク事故と最近の事例から」(◎):羽根田治、「日本の15歳はなぜ学力が高いのか?:5つの教育大国に学ぶ成功の秘密」(◎):ルーシー クレハン、 苅谷剛彦 、「小さい林業で稼ぐコツ: 軽トラとチェンソーがあればできる」(◎):農文協、農山漁村文化協会、「高架線」(〇):滝口悠生、「ランニング・ワイルド」(△):堂場瞬一。
ノンフィクはどれも逸材。小説は滝口氏が面白い。堂場氏の著作量は驚異的だが、その分内容が伴っていない?
今週のお題:
「スポーツ栄養学: 科学の基礎から「なぜ?」にこたえる」:寺田新、「図解 知識ゼロからの現代漁業入門」:濱田武士、「日本の地下で何が起きているのか (岩波科学ライブラリー)」:鎌田浩毅、「核DNA解析でたどる 日本人の源流」:斎藤成也、「残念和食にもワケがある - 写真で見るニッポンの食卓の今」:岩村暢子、「スティール・キス」:ディーヴァー,ジェフリー、 Deaver,Jeffery、「くちなし」:彩瀬まる。
近況:
近親者の49日が終わった。これで暫しは、悼む行事は中断だ。49日とは7日掛ける7回で六道への道を見極める為の期間だそうだ。故にこの日を過ぎると、真に故人もこの世から離れるし、残された我々も故人から離脱する日だそうだ。何故、7*7なのかは別にして、人間の記憶が薄れるには日数が必要という事だ。そして、其処には何かしらの区切りをつける畏き方法でもあるのだ。さはさりとて、今の世界に生きる我々はその死を乗り越えて、頑張って生き抜くしかない。そう思ったりしている。

2017年11月18日土曜日

4大プラットフォームの命名


アマゾン、FB、アップル、グーグルなる4大プラットフォームに関して、経済新聞とそのブログが大きく取り上げ、色々な見方が顕出されていて、楽しい。世界には何と賢者の多い事かと、関心している。ある識者はあれは物理的に離散した米国故の発展であり、日本や欧州の様に、人口密度の高い地域では大きな影響はないと言うし、ある米国識者に依れば、アマゾンが胃袋で、FBが心、アップルが局所、グーグルが脳だと例える。その意味は高成長で留まる所を知らないアマゾン、キリスト信者よりも登録者が多いFB、魅惑的で官能的なアップル、そして何よりも抜群の検索機能をもつグーグルを身体の一部に例えた結果だ。中々洒落ているではないか。但し、実際のこの4大プラットフォームの行いは当初皆が歓待していたほど、美しくはなく、公共的でもない事が段々皆に知れ渡り、不快なイメージが徐々に拡散しつつあるのも確かなのだ。消費者に良いのは確かであっても、社会にとってそれが良い選択なのかどうか?はやはり議論すべき時になっている気もするのだ。消費者と言ってもネット利用者に限られるし、プラットフォーム側でそれさえもコントロール出来る訳で、公共性とは相反する場面が多発している事も確かだ。尤も、現代の資本主義もその短期利益主義故に富の格差を生み、更には政府の公共的視野も覚束なくなっている訳で、どっちもこっちと言う気もしてくる。いずれにせよ、IT社会がお得で便利で安心を謳い項目として拡散・拡大するのは防ぎようがない訳で、如何にそこに公共投資(結局は税金?)を付加させるかがポイントになろうかと思う。但し、彼らは政治家や大企業の幹部面々が行っているように、税金の低い国へと本社を移転したりと、グローバル化と言いながらそれを逆手にとった悪質な税逃れも得意でもある。その意味では国家間で横断的な税制規約を創ったりする事が前者も含めて、不正を防ぐ手立てとなると思う。尤も、そうした事に前向きになるのは、ごく少数の賢者であろうし、多くは何も知らされない一般庶民であろう。いやはや、誠に住み難い世の中になっている。



2017年11月17日金曜日

熊に襲われた怖い話


「人を襲うクマ 遭遇事例とその生態 カムエク事故と最近の事例から」:羽根田治氏を読んでいる。海と山とどちらが好きかと聞かれれば、私は山と答える。何故か?余り泳ぎが上手ではないからだろうか?あるいは一昔前、怖いサメのジョーズを観たからだろうか?きっと、裸のイメージがあって猥雑で嫌いなのだ。だが、この本を読むと、山も嫌だなあと思ってしまう。当然、山にも危険な野生動物が居て、今や、杉化した日本の森林には彼らの好きな食べ物が減り、且つ少子・高齢化更には大都市集中で、山村に人が少なくなっている背景から、彼らとの遭遇は必須になりつつあるのだ。その中での一番は驚異は熊だろう。この本に書かれている実際の遭難事故は50年前の福岡大学生2名が亡くなった事件から、最近の事故例まで至る。中には観光客を含め、50名程度の人を巻き込んだ事件が畳平(乗鞍高原:北アルプス)で2007年に起きている。死亡事件にはならなかったが、辛うじて一命を取り留めた被害者は片目を失明し、不自由な身体になってしまった。一番至近な例は極く最近起きた、十和田湖周辺での山菜獲り時の遭遇事件だろうか。山菜狩り自身は道や笹山に不慣れな人には過酷な作業の様で、その上に熊に襲われたら堪ったものではないが、麻薬みたいなものだろうか?何人もの被害者が発生している。奇跡的に助かった猛者たちの証言は、果敢に熊と戦った記述があるが、素手では到底勝てない(例え、適切な道具があっても?)事実が其処にある。死んだフリなど通じないし、必死の抵抗をすることこそ、生き残る手段であって、熊も突然自分のテリトリーの現れた人間にパニくって、必死である事も我々は知るべきなのだと事件は語っている。この本によれば、ヒグマ1万頭、ツキノワグマ3万頭が日本に生息する熊の総数らしい。体重は100~200kg程度、それほど重くはない。又、人身事故数は平均して年間百人程度で、数名が亡くなっている。その殆どがツキノワグマ。比較的小柄である彼らの方が、より人間に対して攻撃的になり易いのかもしれない。本の最後に、どうしたら熊と遭遇しないかのレクチャーが載っているが、山登りを必須する人は必読だろう。ご安全に。